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2010年3月

多様な学びの場を考える会

「多様な学びの場を考える会」を立ち上げました。

会の目的は「多様な学びの場に関する研究や情報の普及を通じ、子どもたちがそれぞれ自分にあった教育を選択できる社会づくりに寄与すること」です。具体的には、勉強会等の開催、会員への(デモクラティック・スクールを中心とした)情報や資料の提供などの活動をします。3月13日に開催した勉強会の場で会則等の説明や世話人の紹介、会員募集の呼びかけをし、正式な発足としました。

一つは、今後、勉強会を継続していくにあたって、会場に公共の施設等を借りる際、会則等を備えた団体として登録していた方が都合がよいということがありました。

もう一つは、このプロジェクトの呼びかけ人の出産のため、秋頃まで活動がスローペースになるので、その間、資料やDVDを会員制で貸し出しできるように、という意図がありました。

将来的に、講演会の開催などで何らかの助成を受ける場合も、組織等を整えておいた方がよいといえます。

なお、この会はあくまで勉強会の開催や普及啓発を目的とした団体なので、デモクラティックスクール翼を立ち上げる際は、別の組織をつくることになると思います。

この会にご関心のある方はnobukotaka@nifty.comまでご連絡ください。

新しい命とともに

盛岡でデモクラティック・スクールの勉強会を開く、そう決めて動き始めた頃、私の胎内に新しい命が宿ったことをしりました。予感はありました。それはこのプロジェクトの全ての始まりともつながっていました。「二人三脚でいこう」というメッセージも受け取っていた(ような気がする)ので、何も怖れることはありませんでした。私たちのもとにやってきてくれたことを心から感謝し、ここまで共に歩んできました。

カタチへのこだわりを捨て、カタチを超えたものを追求すること

私はこれまで2度生かされたこと、そのことに感謝すること

愛と調和のために生きる、それがすべてであること

新しい命の誕生は、それだけで無条件の喜びです。家族みんながとても楽しみにしています。

それと同時に、私たちに今必要な学びと成長をもたらしてくれる子なのだと感じています。再び赤ちゃんと過ごす時間が与えられ、育ちと学びの原点に寄り添えることを心から幸せに思います。

どんなことも、ただ受け容れるだけです。

私(たち)は、この新しい命と共に歩みます。

扉の向こうに~勉強会に感謝!

第三回のデモクラティック・スクール勉強会、無事終了しました。今回は、大人11名と同伴の子ども2名の参加となりました。嬉しいことに、初めて参加された方が7名、うち隣県から数時間かけて来てくださった方も2名あり、感謝の気持ちで一杯です。参加してくださった皆さまにこの場を借りてお礼申し上げます。

今回の勉強会では、初参加の方が多かったので、まず前半部分でサドベリー・バレー・スクールの映像や日本のデモクラティック・スクールのスライドを観ていただき、デモクラティック・スクールとは、その理念や特徴について説明しました。そして、後半に、今回のテーマである「2つの教育観」についてサドベリー・バレー・スクールの創立メンバーの一人であるダニエル・グリーンバーグさんの文章や映像をもとに、整理を試みました。

「大変有意義な時間でした」「グリーンバーグ氏の話が興味深かった」「協力します」等々、今回も前向きな感想をいただき、心強く感じています。

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勉強会を3回開く。それだけがまず心にあって、細かい中身は進みながら作ってきました。不思議なことに、目の前の扉を開けると、また次の扉が見えてくる・・・という感じに、勉強会を終えるたびに次の課題が見えてきて、必要な資料も整理できました。そして、毎回、新しい出会いがあり、多くの学びがあり、そのときを、そのことを、本当に幸せに感じました。たぶん、スクール設立までの動きも、こんな感じで進んでいくと思います。

ポスト資本主義社会の教育を創る

デモクラティック・スクールのことを多くの人に伝えたい、共にスクールを立ち上げてゆく仲間を募りたい、という思いで勉強会を企画・開催してきました。でも、その過程で一番多くの学びを得たのは、主催者でありナビゲーター役を務めた私自身であったことに気がつきました。

デモクラティック・スクールについての理解を深めたことはもちろんなのですが、より大きなテーマが見えてきたのです。

一つは、義務教育制度を整理する中で分かった、本当の意味での「教育への権利」の実現です。それは、学校を選ぶ権利、学校を作る権利まで保障された完全な形での、ということです。デモクラティック・スクールを立ち上げるということは、現行法上は非正規学校というグレーゾーンに子ども達を巻き込むことになりますが(もちろん、保護者や本人の同意の上で)、それは、権利実現のための一つの創造活動である、という認識に至りました。

もう一つは、ポスト資本主義社会における教育の創造です。ここ数年で資本主義経済が大きく変容しようとしていることは、多くの人々が指摘しているところです。旧来の大衆教育・強制教育は、産業革命以降の資本や国家の要請に拠るところが大きく、北欧や一部のユニークな教育哲学に基づく実践を除けば、一定の知識を教え込むことが主眼となってきました。しかし、システムの崩壊と共に、教育もまた変わらざるを得ないと予感しています。

変化の波の中で、大切なキーワードとして思いつくのは、地球や自然からの搾取から「共生」へ、競争から「調和」へ、知識偏重から「創造・気づき」へ、無関心から「愛」へ、疎外から「つながり・絆」へ、強制から「自己動機」へ、そして、「信頼」、「尊重」。

デモクラティック・スクール翼では、新しい時代の空気を創っていきたいと思います。もはや「資本主義への戦い」ではなく、「ポスト資本主義社会の創造」なのだとようやく気づきました。子ども達と共に。新しい命と共に。

義務教育から権利教育へ⑤まとめ

1.権利が先か、義務が先か
 すべての人が教育を受ける権利を有する、これが何よりも基本になります。国際法でも日本国憲法でも保障された権利です。そして、本来、それを保障するための(保護者の)義務であったはずです。とりわけ、戦後の混乱期においては、強制的な就学義務が一定の役割を果たしました。
 ところが、いつしか権利と義務が逆転し、「義務教育=学校へ行かなければならない」と解釈され、権利意識が希薄なまま、他に選択肢が認められない状況が、様々な問題の背景になっています。

 学びや育ちのプロセスは本来一人ひとり違って当たり前だと思います。既存の学校が合っている子もいれば、そうでない子もいるはず。後者の場合、「不登校」のレッテルを貼られるだけで、その子の学ぶ権利は考慮されることがないのがほとんどです。

2.多様な教育の確保と二重学籍の問題
 国際法では、教育を受ける権利に「学校を選ぶ権利」と「学校を作る権利」も含まれています。日本ではそのいずれも法的に保障されているとはいえません。1980年代以降、不登校問題の広がりを背景に、ホームスクーリングやフリースクールの設立等の動きが出てきました。しかし、法制度上、現在もそれぞれの学区の公立校に学籍を置かなければならず、当事者の負担となっています。

3.子どもの人権と学校を選ぶ・学校をつくる権利
 その子にあった教育を受ける権利を保障する、という憲法の精神に立ち返ること、何より、子ども達が「安心」「安全」「自由」に過ごす権利(人権)を保障することが重要だと思われます。そして、日本においても、そのための教育権(学校を選ぶ権利・学校をつくる権利)が法的に認められることが必要です。

 デモクラティック・スクール翼の設立は、そのための運動の一つとも位置付けられます。

【参考文献:義務教育から権利教育へ①~⑤共通】 

『アンスクーリングガイドブック』ZERO-net 2004年
『日本で、サドベリー~教育もステキに選びたい』きむらゆき 2010年

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