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2009年9月

デモクラティック・ファミリー

デモクラティック・スクールの「デモクラティック」について、説明が必要だと感じています。(ここではまだ書いていません。)

その前に、「一体、私たちは、デモクラシーをシンに体験し、理解したことがあるのだろうか?」という問いを抱いています。そして、「デモクラティック」を定義するだけでなく、実践を積み重ねていくことがとても大切だと思っています。

デモクラティック・スクールの創立を目指す人やスタッフ向けに研修プログラムを提供している兵庫県のGHBセンターの児島一裕さんが、「”デモクラティック”は”大いなる愛”」すなわち「デモクラティック・スクールは”愛を分け合う学校”」と言えるのではないか、ということをホームページに書かれていました。

とても、意味深い言葉だと思いました。これからも考え続けていきたいと思っています。

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私は、今年の春にデモクラティック・スクールを創ることを決意し、6月には兵庫県市川町にあるデモクラティックスクール「まっくろくろすけ」での研修に参加しました。それ以来、まずは自分が4歳と2歳の子どもたちの「デモクラティック育児」に取り組むことが課題でした。それをクリアしなければ、前に進めないと感じたからです。

「時間」とか「常識」とか、それまで自分が意識的・無意識的に囚われていた枠を一つ一つ外していき、「今」その時の流れと、子ども達の自由や自己決定に任せるようにしました。もちろん、全くの自由というのは無理なので、そういう場合は分かりやすく説明し、どう思うか、どうしたいかを尋ねるようにしてきました。あるいは、私がどうしたいと思っているか、なぜそうしなければならないか、と説明するようにしました。

幼い子ども達はぐずったり、だだをこねたりすることも沢山あります。それも抱っこして相づちをうちながら、ひたすら待ちます。そのうち、すっかりはき出して気分がすっきりすることも含めて、子どもの方から答えが出てくることが多いことに気がつきました。

最初は混乱や戸惑いの方が大きく、これでいいのだろうか、と思うことも沢山ありました。自分がまだまだ何かに囚われていて、自分の言動からそのことを思い知らされることもよくあります。子どもたちに丁寧に付き合う反面、家事はほとんど進まず、最低限のことをのんびりやっています。

そうして、3ヶ月がたち、生命の危険に関わることは譲れない一線であること、他人や他人のものに危害を及ぼしたり迷惑をかけたりすることも同じであることを、様々な出来事から学んだり確認したりしました。この夏、川遊びに行って、目の前で小学生低学年くらいの男の子が溺れて流され、大人の男性2人掛かりでようやく助けられた光景は、とても印象に残っています。私も、幼い子ども達はまだ自分で注意できないことが多いので、道路では交通事故に遭わないようにとても気を遣います。

もう一つは、やはり家庭でのルールを作ることが必要だ、という考えにいたりました。おもちゃの後片付けや食卓でのマナーなど、毎日、その都度、問答するのも大変だし、不快です。そのことを家族に提案し、次の日には、最初のルールとして、遊んだ後の後片付けのルールをみんなで(2歳の娘は寝ていましたが)作りました。

私にこのヒントをくれたのは、日木流奈さんの『ひとが否定されないルール』(講談社+α文庫)です。これは当時12歳になる脳障がいの男の子が書いた本です。ここでは詳しく引用しませんが、その中に、彼が取り組んでいるリハビリプログラムの”しつけ”で、それぞれの家庭で”法律”を作ることが書かれています(p89)。また、それとは違う文脈ですが、「みんなが心地よく過ごすためのものが規則」(p141)とも書いています。

さて、我が家の後片付けのルール、4歳の長男の意見も取り入れた結果、文面的にはこれまでと何も変わらないのですが、目に見えない部分で、何かが少しずつ変化しているような気がしています。

ようやくスタートラインに立てたような気がしました。

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